私には酒に溺れていた時期があります。
いや、今も結構な量を呑むのですけどね。
サラリーマン時代、お酒でダメになってしまったのです。
きっかけは激務
務めていたのが大企業でしたので何度か配置転換を経験しています。
ある時期に配属された部署が地獄のような激務。
当時残業規制は今ほど機能しておらず誰しも体力の限界まで働いていました。
残業は基本10時まで、ときには連日深夜1時まで働いて土曜日は必ず休出。
そして出勤管理もザルだったので、遅れを挽回するために日曜日にこっそり出勤することもよくありました。
日曜移動の出張もよくありましたね。
実質休みなしです。
長期間そんな日々を過ごしていると人はどうなるのでしょうか。
徐々に無感情に
辛い。
でも逃げられない。
徐々に無感情になっていきます。
私の精神は感情を捨てることで身を守ろうとしたのでしょう。
悲しい/キツイ/辛いというマイナスの感情とともに、楽しい/嬉しいなど良い感情も薄れていきます。
そして残ったのはジメッとした陰鬱な気持ち。
なにをしても、なにを見ても楽しいという感情はもう浮かんできません。
常に仏頂面、笑うこともなくなります。
その抑え込まれた心を唯一開放できたのが「酒」だったのです。
酒で自分に戻る
アルコールが脳にキューと浸透していく感覚はまさに快感。
消えていた感情が蘇ってきます。
「自分」が帰ってくるのです。
当時は酒を飲んでネットをさまよっているのが一番の楽しみでした。
体調が悪くても酒、風邪を引いても酒。
1年365日呑まない日はありません。
呑まないなんて考えられないのです。
仕事と酒の日々です。
深夜に帰宅すると夕食は酒。
3時まで呑んで朝から出社。
睡眠時間は3~4時間でしょうか。
たまの休日は昼過ぎまで寝て、寝起きに酒。
メシを食べて酒。
夕方から本格的に酒。
まさに酒浸り。
ここで止まればまだよかった。
次第に酒の量が増えていきます。
スキさえあれば酒
風呂にまで酒を持ち込むのが常になります。
湯船に浸かりながら冷たいビールを呑む。
そりゃ最高です!
いい気分でうたた寝。
冷たくなったお湯の中で顔面を半分沈めながら寝ていることもしばしば。
朝息苦しくて起きると風呂の中。
よく死ななかったなと思います。
全身の皮膚が限界まで水を吸ってシワだらけで気持ち悪い。
足の裏にもシワができて歩くと痛い。
外出してもそこで呑んでしまいます。
定食屋で昼間から躊躇なくビール。
お酒を買って帰り、さらに呑む。
当然ブクブクと太りだします。
今より20kgほど太っていましたね。
次第に生活も乱れていきます。
ゴミを回収日に出せなくなりゴミ部屋に。
流しは汚れた食器がそのまま、必要なものだけ洗って使う。
Yシャツもシワだらけのまま。
そしてとうとう出勤前に酒をあおるようになります。
どうせ深夜まで呑んだ酒は抜けてないし、酒臭いんだから変わらんよ、と無理やりな理由をつけて。
この時点でアウト。
確実にアルコール依存症と診断されるでしょう。
とうとう会社で酒を呑む
夏の休日出勤、会社はエアコンが止まっており室温は40℃近くまで上昇します。
各自、扇風機や水筒を持ち込んで過ごしていました。
ふと思いついたのです。
水筒にお酒入れれば会社で呑んでもばれないんじゃね?
俺天才!
かくして水筒に氷と焼酎を入れて職場に持ち込み、自販機で買ったコーラを流し込んでコークハイを呑みながら仕事をするようになったのです。
超ご機嫌!
たぶんバレてる。
どうやってアル中から復帰したのか
落ちるところまで落ちた私ですが、結局診断やカウンセリングを受けずにアルコール依存症は解消しました。
理由はいくつかあります。
もっとダメな人が周囲にもいた
きちんとした部屋に引っ越す少しの間だけと考えていた貧困団地。
夕方からスーパーの前で宴会が始まるような場所です。
公園のベンチで黄土色した顔の酔っ払いが寝ているような場所です。
そっち側の人間になってはいけない。
酒に溺れながらもその一線だけは超えたくなかったのです。
会社にも壊れた人がいた
休みがちな後輩がとうとう会社に来なくなった。
その仕事は周囲が受け持たなくてはいけなくなり非常に迷惑だった。
躁うつ病と診断され「調子の良い日は会社のロビーまで来る」という訓練をしていて、その時ハイテンションでヘラヘラ笑っていたことがさらに周囲の反感を買った。
躁うつであるなら仕方のないことではあるものの、それで周囲が迷惑しているのも事実。
なによりもそれを本人が自覚できていないことが恐ろしかった。
続けて入社時にお世話になった1つ上の先輩もダメになります。
他人をどうこう思う前に自分も迷惑をかけていないか?
自問自答を繰り返します。
迷惑かけてないはずもなく・・・。
そして過去に一緒に仕事をしていた方が出張先のホテルで冷たくなっていた、という事件がおきます。
これは大変ショックでした。
激務をものともしない豪快な人でした。
まだ小さいお子さんがいるはずです。
その人が突然消えてしまったのです。
こんなことがありえるのでしょうか?
自分もちゃんとしなきゃ、ちゃんと生きなきゃ、そう思わされたのです。
激務が和らいだ
なによりも一番の理由は激務が解消されたことです。
仕事で関わっていた情報機器は時代の移り変わりが早く、流行ったと思ったら数年で売れなくなります。
そのあおりを受けて部署が縮小され、私は節度ある部署に異動となったのです。
じきに感情が戻ってきました。
楽しいことがあるならお酒に頼る必要はありません。
新しい趣味にチャレンジしたり旅行をしたり。
私は普通の人に戻ったのです。
これが私のアル中(アルコール依存症)の記録です。
この乱れた生活が脳卒中の起点になっているのですが、それはまた先の話。
このような過去があり、今は「1年の半分は休肝日」という強めの節酒をしているというわけです。